21、22日の板橋区民祭に、僕らはブース出展をさせていただき、その一角に、僕は「マイ箸作り」コーナーを設けさせてもらった。
マイ箸とは、自分専用の箸のこと。
世界の森林が刻々と失われている中で、何か自分にできることはないかと考えたとき、自分専用の箸を持って、日本で使われる割り箸消費量を少しでも少なくしようと思った。
そのマイ箸作りをしていると、小学生のガールスカウトが数人やってきて、箸を作りたいと言ってきた。
箸を作っていると、その中の一人の女の子が自分のことを「オレ」と呼んでいることに気がつく。また、彼女の言葉遣いはあまりいいものとは言えなかった。
僕はつい「女の子がオレなんて言ったら、はしたないよ。」と言った。
するとその子は「別にいーじゃねーか。」と言う。
「なるほど。」
僕はすぐには答えが出なかった。
確かに女だから「わたし」と呼ばなければいけない、ということはないはずである。
ただ僕が思ったのは、今は小学生だからいいのかもしれないが、これから中学生、高校生と上がるにつれ、その呼び方のままで社会は受け入れるのかということだった。
昔と今の「憧れる女性図」というものは変わってきているのではないかと感じる。昔はもっと「女性らしい」姿が憧れの対象になっていたのではないか。しかし、その対象は自分の周りに「憧れの存在」を見た結果なのかもしれない。それは母親であったかもしれないし、近所のお姉さんや学校の先生であったかもしれない。僕は、これは「朱に交われば紅くなる」というようなものだと考える。
今はどうか。
今の世界には情報があふれかえり、自分の興味本位の情報が容易に手に出来る。すると「憧れ」る対象はより複雑化してくる。自分の周りにはいない存在に憧れ、また日本にはなかったタイプを「憧れ」の対象にしたり出来る。さしずめ、「オネエ系」や「パンク系」「ストリート系」などである。つまり「朱」がそこにあっても交わらず、他の色を求めるようになったのではないか。
逆に「自分の興味以外の情報は手にしない」傾向も強い。料理ができる人は料理に興味があるだけで、その人は逆に掃除・洗濯がずぼらであったり。以前のように炊事・洗濯・掃除が女性のアビリティーであり魅力ではなくなっている(これは単に偏見だったりして笑)。魅力は自分の興味のある別のところに持てばいいというようになったのではないか。
そう考えると彼女が自分のことを「オレ」と呼んでいても、おかしなことではないのではないか。彼女がそう選択したのだからいいのでは?
また今の世界はジェンダーの問題に厳しいので「女性らしさ」を要求することも逆に変なことであるのかもしれない。
でも僕のタイプは「女性らしい」人であり、それは変わりそうにない。
コメント (2)
言葉は、その人が使う背景がある。
その女の子が「オレ」を使う背景が、親への反抗であったり、全体への自己主張であったりすると違和感を感じるんじゃないかな。
よく自分のことを名前で呼ぶ女の子がいるけど、違和感を感じる人もいれば、感じない人もいる。その女の子の背景が関係している人がいる。
僕は、自分のことを僕と呼ぶ。俺っていう時は、荒々しい気分の時に使っている気がする。
おもしろいエントリー、有難う
投稿者: 頭突き | 2006年10月27日 15:11
日時: 2006年10月27日 15:11
その女の子に似合ってて、自然体で使ってたんなら別にいいと思うけどね。
俺も結構そういう子には抵抗あるな。
だって大体、無理に使ってるような雰囲気を受けるから。
投稿者: 安楽樹 | 2006年11月05日 12:14
日時: 2006年11月05日 12:14