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慶應義塾大学 SFC 2年生

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2008年01月22日

教える、伝える。

近頃、プログラミングを学ぶ機会がありました。

【 Adobe Presents コリン・ムックの「今から始めるActionScript 3.0- WORLD WIDE TOUR 」】
当日の講演内容 → http://moock.org/lectures/groundUpAS3/

というもので、ActionScriptというものでプログラムしていきます。


このプログラムというものは、簡単にいうとコンピュータに何をさせたいかを教えるわけですね。
物事を何も分からない状態でいるコンピュータに対して、一つ一つ自分がイメージする動作をさせるように教え込むわけです。

本当に細かく指示をしなければならないのですが、逆に考えると何も分からない人にでも、一つずつ伝えていきさえすれば、わかってもらえることができるのではないかということです。ましてや自分で物事を考えられる人間であればなおさらですな。

そう考えると、単なるプログラミングも一石二鳥の意味を持つのではないかとも思うのです。よければ、みなさんもやってみてください。

2007年12月12日

久しぶりに

皆さんお久しぶりです。久しぶりに書いてみることにしました。


いきなりの話になるのですが、人とは難しいものですね。自分が信じた道だとしても、本当に自分がそれをやりたいのかどうかは、疑問に思えてきます。「隣の芝は青い」というように、人は何をやっても結果的には「その他の選択肢」が羨ましく見えてくるものなのかなとも思います。

ただその中で、先日ある人に、

「自分のやりたいこととは、他人とのコラボレーションの中にある」

といったことを言われました。

自分が何をやりたいのか、自分の志とはどこにあるのかなど、考えれば考えるほど満足できないものになるのではないかということですね。人と人とのつながりの中、自分と社会のつながりの中で自分の考えを表現し続けることが、いずれ自分の本当に求めていた世界につながっていくのではないかとも思います。

まあ簡単にいうと、閉じこもるなということをその人は言いたかったんだと思いますね。

2007年07月13日

価値だってさ

価値。

経済学的に言うと、モノには価値がなく、他人に認められて初めてそこに価値が生まれるそうです。つまり絶対的なモノはない。花の美しさはあるが、花に美しさはないと誰かが言っていました。

これが「いいもの=(良いもの≠好いもの)」であることの理由みたいです。みんなが認めるものが、好いものになります。どれだけ良いものでも、認められなくては、いいものにはなれないそうです。

でも、「みんな」って誰?

僕は「みんな」は、空気のような気がします。山本七平さんの「空気の研究」にもあったけど、みんなってのは意外と誰でもない気がする。


今、考え中。

2007年04月28日

個性と自分

個性を探すという言葉をよく聞きます。しかし、その個性というものは何なのだろうか。他人と違うところを個性というのだとすれば、同じような普通教育を受け、決められた基準の優劣以外の部分で個性を見つけることなど出来るのだろうか。

それよりも大事なのは自分だと思う。誰かは思い出せないが、テレビの中で「たかが20年やそこらで80年生きる自分の本当の個性を見つけるのは無理。それよりも自分を探しなさい。他人との比較の中での個性でなく、自分の中の自分らしさを見つけなさい」というようなことを言っている人がいた。

まさにその通りだと思う。大切なのは十人十色ではなく、各人各色。十人五色だっていいじゃない。

2007年04月26日

当り前のことかもしれないけれど。

ブログを毎日書くということは、その一日の総括を自分で行うということだと、「彼」は言っていました。

例えば、ブログを書く時間がないという意見。これは単なる甘えだと「彼」は言います。それくらいの時間を作れる余裕がないと、逆にクリエイティブな発想も仕事の効率も上がらないと言っていました。

例えば、ブログを書くネタがないという意見。あなたは一日中寝ていたのか、それとも寝ていたのと同じくらいしか意識を働かせていなかったのかと「彼」は言います。日々同じようで違う時間が流れている人生。見つけようと思えばいくらでも日常の中の非日常を見つけられるはずですよね。

当たり前のことかもしれないけれど、人は些細なことにいくらでも意味をつけたがって、いくらでも逃げ道を作ろうとする。例えば毎日ブログを書くという行為を自分で決めたとしても、知らず知らずのうちに逃げてしまっている。もしくはその日の総括から目を逸らそうとしているのか。自分もそのうちの一人。「彼」に笑われている気がするよ。

2007年03月02日

「イイから売れる」

%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC%E5%9C%A7%E7%B8%AE%E7%94%BB%E5%83%8F.JPGin イデアインターナショナル本社


怒涛の3連続インタビューの最後にお話を伺ったのは、株式会社イデアインターナショナル代表取締役社長の橋本雅治氏。

イデアといえば、六本木ヒルズに入っているIdea Framsというお店で知られている。今年春に六本木、名古屋、丸の内に直営店が次々オープンされる。

橋本社長のお話はラジオで聞かれるとして(もうちょっとお待ちください>< ちなみに笑いの多い収録でした。)、お話の中で非常に心に響いたのが、フェアトレードの話になったとき、

「イイモノは売れる。イイモノではないと結局は売れない。」

という言葉だった。

今の日本の商品の中で、フェアトレードのものやエコ商品は「その行為自体」に価値を見出そうとしているため、商品の質が高いと言えるものではない。しかし、それでは結局のところ誰も欲しいと思わない。ボランティア感覚で購入することはあったとしても、その行為に持続性があるかといえば疑問だ。

橋本社長の考えは「イイモノを買ったら、それがフェアトレード商品だった。エコ商品だった。」というもの。それであれば、買った人にも利益が出るし、そのお金が意味のある使われ方をすると実感することが出来るため、持続性が生まれる。

確かに商品が飽和している今の時代、「安ければ、もしくは誰かのためになるならば何でも買い捲ろう」っていう時代ではないのだな。物が選別している時代には、それに応じた販売の仕方を考えなくてはならない。また、それに加えた社会貢献・環境へ貢献したものが選ばれてくるのだろうか。


時代は変わるものだな~。これからはどこのデパートに行っても、クレ○ンしんちゃんのお母さんのように体を張って安い服を大量に買うというシーンは見られないだろうな。

2007年03月01日

「考える」ということ

%E5%A0%80%E3%81%95%E3%82%93%E5%9C%A7%E7%B8%AE%E7%94%BB%E5%83%8F.JPG堀主知ロバート氏と


本当に素晴らしい経営者様でした。

堀氏とお会いしたのはベンチャーコロシアムにて。篠原が堀さんを発見したので名刺交換を御願いし、連絡を取らせていただいた。その中でインタビューを快諾していただき、2月28日の収録に至った。

堀さんのお話はラジオ、Webで聞いていただくとして(現在鋭意製作中!!)、一番印象に残ったことは「考えることを怠るな!」ということであった。

現在の風潮として、考える行為がおろそかになっているように感じられるという。確かに答えを導く「方程式」を頭から覚える方法を教え込まれていたり、また答えがあるものでしか考える必要がないという雰囲気が僕らの周りを取り囲んでいる。しかし、人の生きる上で出会う問いは決して答えが一つのものではなかったり、また答え自体が存在していないものも多くあるという。

自身が生きられてきた中で、経営者であられた祖父様の教えや海外での生活の上で、「何が本質か」ということを考え続けられたという。その答えは見つからないと分かっているが、その時々に最善の答えを出し続けるため、日々考えられているそうだ。

「事物を疑って取捨を断ずる事」。福沢諭吉の言葉である。目の前にある全てのことを、まず自分で考えて、それを正しいか否かを決める。つまり「なんでも自分の頭で考えてみよう」ということ。偉大な人はみんな自分で「考える」ことから逃げていない。

僕も考えていきたい。

今日の晩御飯は、魚がいいか。肉がいいか。なぜ魚がいいのか。肉がいいのか。。

2007年02月27日

ちゃぶだいSECOND、終了。

◆2月25日に「THEちゃぶだい会議 ~自分の生き方を決めるのは誰だ~」を開催しました。

いやー、今回も大変だった。当日に急遽会場を変えざるを得なくなったり、パネリストの方との連絡が取れず、5分程の打ち合わせでディスカッションに入らなければならなかったり・・・・。今回のイベントでは自分の無力さを痛感したとともに、仲間の有難さを実感した。本当にありがとうございました。

日々、自分の力に「疑」を持ち、その改善に努めることは本当に重要だと感じた。これからも頑張っていきたい。


◆【ラジオインタビュー】株式会社ケイビーエムジェイ代表取締役社長 木村武弘氏
今日は株式会社ケイビーエムジェイの木村武弘社長のラジオ収録を行った。

社長は僕の大学の大先輩。一見無口そうな外見であるが、非常に親しみやすい方である。とても楽しく収録をさせていただいた。

日々スポーツに明け暮れていたという学生生活。その中で、自然を相手にした「ウインドサーフィン」に特に惹かれていく。自然を相手にするには柔軟に対応しなければならない。かといって「風任せ」にするには危険すぎる。時には向かっていかなければならないときがあり、時には身を任せることが必要なときもある。自然からは学ぶことが多いそうだ。

日々、何かと競争していると感じる僕ら。ただ自然から見てみれば、所詮人間同士。変わらぬものさ。


2007年02月17日

日常の“中”の非日常

%E9%80%86%E8%AA%AC%E6%80%9D%E8%80%83.jpg著:森下伸也 /光文社新書

この本は逆説について述べた本。著者の森下氏が「日本笑い学会理事」という肩書きを持っているのに興味を持ち、読んでみた。

色々と逆説の考え方について述べられている中で、面白い話を見つけた。

フランスの作家メーストルの旅についてなのだが、なんと彼は「自分の寝室」までの旅を記録し、それを一冊の本『わが部屋をめぐる旅』という本にまとめたというのだ。

人が日常から非日常へ脱出し、日々の倦怠を癒すという行為はよく耳にする。しかし、日常の“中”に非日常を見出すという発想は非常に面白いと思った。まさに逆説である。

ということで、下記は僕の日常の中の非日常・・・・。

タイトル
「わが闘争」

2月16日、ついにこの日が来たものだ。長い長い旅に出る時が来たのだ。A.M.7:00。暖かく私を包み込んでくれる「フトン」という名の癒し空間から這い出し、私は「スーツ」という名の戦闘服に袖を通す。

目的地は三越前駅。私は我が道を阻む多くの障害を乗り越え、私の到着をまだかまだかと待つ人々の元へ一心不乱に向かう。

A.M.8:30。私は三越前までの行き方を「電車」という鉄のレールを走る車に決めた。「電車」は鋼の表情を持った鉄の車の総称。その表情には部族の違いを象徴するように様々な隈取りがなされている。私は電車を迎え入れる「駅」に「乗車券」という鉄道の乗車許可書を手に入れるために向かった。目の前には許可書無きものを容赦なく阻止する無情の機械。その許可書を手に入れるには多くの試練が必要になると聞くが、「カネ」を渡せばほんの10秒で手にいれることができる。いつの世も最後にものをいうは「カネ」なのか・・・。私は「トウキュウ」という部族の「トウヨコセン」に夢と欲望の町「シブヤ」まで連れて行ってもらうよう契約を交わした。

A.M.8:40。契約を終わらせ、「電車」が来るのを待つ私の前に、なんと「トウヨコセン」の中でも最速を誇る「特別弓光」が姿表す。まさか彼が姿を現すとは・・・。彼の気性は荒々しい。豪快な速度を見せつつもその気性から多くの駅で「トウヨコセン」を待つ契約者を無視してしまうため、部族の長から走行回数を制限されていると聞く。私はなんとも頼もしい電車をよこしたものだと「トウキュウ」に感心した。

しかし、その中の様子を見ると私は目を疑った。中には「ヒト」で構成された海が広がっており、その海の色はひどく濁っている。多くのヒトは、世の終わりを感じるような顔をし、壁際に設けられた「ザセキ」に心を寄せている。「ザセキ」に座るヒトはまるで「電車」に溶け込むかのように、同じような鋼の表情をしながら一様に目を閉じている。
 私はその海に飛び込む。私を飲み込もうと向かい来るヒト波の中で、私という異分子を同じ物質に変えようと向かい来るヒト波の中で、私は必死に自分を保つ。「私は鋼の顔にはならない。」。特別弓光は颯爽と飛ばす。私は頑なにその場所にしがみつく。

A.M.9:00。夢と欲望の町「シブヤ」に到着した。私は「特別弓光」に吐き出されるように外に出る。鋼の表情をしたまま流れを作って進むヒトの中で、私は自分の小ささを自覚しながら、だけど自分であることに誇りを持ちながら、次の「電車」と契約するために進んでいく・・・。


いや~、書いてて途中でよく分かんなくなっちゃった。だけど頑張った!こうしてみると日々の生活もちょっと違う角度から見るだけでだいぶ変わるものだ。日々の暮らしには無数の喜びが隠れていると言ったところか。


・・・それにしても楽しかったかな?これ笑 


2007年02月09日

言語の壁

先日株式会社ケイビーエムジェイ代表取締役社長の木村武弘社長にお会いし、ラジオ番組の出演とイベント出演のお話をさせていただいた。木村社長には二つの提案に対し快く了承していただいた。

木村社長は僕の通っている慶應大学SFCの大先輩である。社長は在学中に友人たちと起業された。当時の話から現在の仕事の話まで伺っていて、インターネット業界の話になったとき、木村社長は力強い顔つきに変わり、

「インターネットの世界には『言語の壁』が存在する。そこを意識している日本人は少なく、そこが一番の問題である。」

と言われた。


お話を伺うと、インターネット上の言語の壁とは、つまり日本では「日本語を主体とするサイト」しか扱わず、かつ日本語のサイトからでしか情報を入手しない傾向があり、またそれは他国の人が日本のサイトに訪れる機会をなくしているということである。インターネットの本質は世界中をつなげたことにある中で、この壁は現代のような情報化社会では大きな問題である。この壁があることで日本は大きなハンデを持っていることをたびたび実感されるそうだ。

また日本は世界の技術を「輸入」はしていても、世界に「輸出」はしていない。そこにも言語の壁が存在するそうだ。つまり、日本にはWindowsに対抗できるOSソフトやその他ソフトウェアがありながら、日本語を規格としていたり、日本語に頼った表現が多いため世界には進出できない。日本のゲーム機や音楽プレイヤーが世界で売れるのにソフトウェアが売れない原因はそこにあると指摘された。

世界と勝負するためには、やはり「言語の壁」を乗り越えるしか方法はないと言われた。ただそこだけが問題で、壁を乗り越えるだけで世界とは対等に戦える自信はあるとおっしゃられる。


インターネットの本質は世界をつなげたこと。僕も英語でブログを書くべきか。。。。