タガタメ
誰かのために何かをする。
このとき、自分を大切に出来ているかって前提条件だと思います。自分を犠牲にしつつ、誰かを救うことは僕には出来ません。
まずは自らが全責任を負っていることを思い出し、自分の弱さを他者に転嫁しないところから始めようと思います。そして、自身の主体性のある想いと生活を一致させつつ、身近な人を大切にすることが出来てこそ、誰かのためにを語って良い気がします。
自分、身近な人。結婚を通じて、自分の範囲が広がった僕にとっては、誰かのためってとっても重いんですなぁ。
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誰かのために何かをする。
このとき、自分を大切に出来ているかって前提条件だと思います。自分を犠牲にしつつ、誰かを救うことは僕には出来ません。
まずは自らが全責任を負っていることを思い出し、自分の弱さを他者に転嫁しないところから始めようと思います。そして、自身の主体性のある想いと生活を一致させつつ、身近な人を大切にすることが出来てこそ、誰かのためにを語って良い気がします。
自分、身近な人。結婚を通じて、自分の範囲が広がった僕にとっては、誰かのためってとっても重いんですなぁ。

歩いているときに「何故、歩いているんですか?」と問われれば、
「○○に行くためです」
とゴールを答える事が出来る。
踊っているときに「何故、踊っているんですか?」と問われれば、
「○○に行くためです」
とゴールを答える事が出来ない。
歩くことを100年のスケール、かつ地球規模のスケールで観察すると実はどこにも行っていない。ぐるぐるエネルギーを循環させているだけ。まるで、踊っているみたい。
○○に行くためですというゴールも、スケールを変えると無意味なものになる。僕らはどこに行くんだろうと考えながら、一所懸命、生きていこうと思う。