僕達は、現実と向き合えているのだろうか?
いろんな方に会ってお話を聞くと、観念の世界で生きている気がしてくる。観念とはその人の世界観であり、頭の中である。観念の世界は言葉で構成されているので、相手からのキーワードを得ると、共感した気になれる。でも本当に共感できているのだろうか?
芋を掘ってみる。

土のにおい。赤を発見したときの喜び。それをカレーにして、一緒に汗を流した仲間と食べるおいしさ。こういう共感って言葉があんまり要らなかった。
生活に生命と相互作用する機会が少なくなったことは、動的な「世界からの反作用」を実感する機会を減らしている。不確実性を数字によって観念に出来る世界。ずいぶん静的な世界に住んでいる気がする。
僕らの現実は動的。祖で振り合った縁を少しでも大切にしてみると、面白い反作用がやってくる。今、ここの現実と向き合い、その作用点を見つけたい。そして、言葉を超えて共感し合いたい。それが面白い。