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2007年07月 アーカイブ

2007年07月02日

身体と脳みそ

身体の感覚器に基づいた実感って、大切な気がしています。言い換えれば、腑に落ちるとか、実感するとか、胸に響くとかです。

最近、いろんな方とお話をしますが、脳みそで分かった気になっているが、身体の感覚で実感できていない人が多い気がします。

脳みそで分かっていることを言い換えれば、頭で理解している、知っている、机上の空論とかです。感覚器から離れ、理性のみでわかったつもりになっています。

自分の身体と脳みそを合一させ、感覚知と理性が一致している場合、その表現は力を産む気がします。

僕の場合は、フラメンコ。
自分の身体を離れた表現は、相手に響かないものです。内在するアツイ想いと身体をダイレクトに結びつけ、脳みそでディテールに気を使っているときが素晴らしい踊りになる気がします。

営業とかでも、自分のアツイ思いと身体をダイレクトに結びつけ、脳みそで相手のニーズを察しつつ、やり取りができるようになりたいな。笑
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2007年07月04日

これは、ほんものか?

恩師が死んだとき、

漏電して人を殺めそうになったとき、

遊んでいるとき友達の前歯を折ってしまったとき、

身近な人が慟哭しているとき、

「あれ~、これ、ほんものかなぁ?」

って思う。んで、「あれ~、これ、ほんものかなぁ?」

っていうリアクションをしたときに、価値観が形成される気がする。そのときのシチュエーションを思い出して、自分の思考行動特性において無意識の領域に踏み込めると良いと思う。

2007年07月05日

理念の深化

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理念は深化していく。なぜなら、1年前と今の自分の世界観が異なるから。

理念はそれぞれ異なる。なぜなら、同じ言葉でも使う人の世界観が異なるから。

理念を言語化した結果、それは外部化される。その理念を行動の根拠とした場合、わかった気になってしまうこともある。

理念は自分の内に在る。それぞれ、違っても良いじゃないか。大切なのは、同じ言葉を掲げることではなく、自分の内にある想いを理念レベルのスケールに高めることだと思う。

修行、修行。

2007年07月06日

来るが如し

本来という言葉がある。

本来の自分は、行くのではなく、来るのだ。本来の自分は、どこかにあるのではなく、すでに内にあるのだ。

そんな世界観の日本語が大好きだ。

2007年07月11日

結果として、成る

~ねばならない。

地球温暖化だから、ECO活動をしなければならない。

こういう自分の外にある観念で活動を動機付けしてみる。なんか、違和感がある。だんだん疲れてきていらいらして、人に当たってしまう場合もある。

そして、気付く。自分が気持ちよいからとか、楽しいからとか、そういう内発的な動機で行動する大切さに気付く。そこに気付いたら、内発的な動機を第一義としつつ、外との調和をケンケンガクガクしながら目指していきたいものです。

僕が目指していたのは縁側マン。自分らしさを追求していった結果、縁側マンになれたらなるだろうし、なれなかったらソレになるだろう。縁側マンを目指して、縁側マンになったとしても、それによって失われてしまったボクらしさがもったいない気がする。

結局は、今ある選択肢のひとつひとつに向き合っていくことが、合理的な未来の作り方だと思った。

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2007年07月12日

うそつき

うそ、うそ、うそつきぃ~♪
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最近、尊敬している方から指摘されました。

ガーン

「うん、うんって言っているけど、僕の言葉、届いていないでしょ?」

「きみは、勝手に自分で全部を決めてしまって、自分の思ったことを表現していないでしょ?」

「相手を思いやるって言っているくせに、自分が気付けた相手の改善点を伝えていないでしょ?」

は、はい。そのとおりです。


調和を目指している僕。でも、調和ってのは、自分のありのままを表現し、相手の表現を心に響かせるような相互作用によって、生まれてくるものだ。

自分という定義が広がれば広がるほど、その相互作用をしていく対象も増えていく。

自分にいつの間にか架してしまった枠を外して、ありのままの自分を表現できるようになりたいです。


2007年07月14日

はみだせ!

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曲がったきゅうりくん。

食べるととっても美味しい。

現代社会の流通は効率化を求め、消費者は見た目を重視するため、彼らが市場に乗ることはない。

しかし、旨い。

かれらの個性を見よ!この曲線を見よ!

スタンダードが信仰されている今日。目をカッと開いて、万物を見てみれば、何一つ同じものはないはず。規格品の服でさえ、思い出と共に変容していくぢゃないか。

はみだしもの、万歳!

2007年07月15日

感情と振る舞い

ビジネスでは感嘆詞を使わないほうが良いよ。なぜなら、「凄い」とか「素晴らしい」は相手が感じることであって、あなたがどう感じたかを伝えることは押し付けでしかない。

と教えていただきました。

事実とモデルで凄いと感じてもらえる言葉選びと、振る舞い(声色・アクセント・呼吸)によって感情の起伏をのせることで本意を伝えていきたいです。

2007年07月16日

ネガティブを内包するポジティブ

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嫌なことが起きてもポジティブでいこう!

ってよく言う人がいる。これって、はきちがえると、しっぺ返しが来る気がする。

等身大の自分がいたとして、嫌なことが起きたら、いやだなぁと思うことが当たり前のこと。これを無理やり嫌だと思っていないと言い聞かせて、ポジティブにすることは対症療法な気がする。
嫌なことが起きたら、それを引き起こした自分の改善点を探って、そこにアプローチすることが本質的な解決でないだろうか?

起きたことの原因を分析せずにポジティブに解釈し続けるほど、ポジティブな自分と等身大の自分にギャップが生じる。その結果として、ネガティブなことが起きる。バランスを取るんだろうね、きっと。

大切なのは、起きたことの原因を分析し、その原因を取り除くことだ。嫌なことが起きたら、それを自分の改善点としてポジティブに捉えることが大切な気がする。あくまで自分は等身大でいこうと思う。(これが難しい...)

2007年07月19日

些細な問いの積み重ね

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この花が咲くことを通じて表現しているメッセージはなんだろうか?

周りで起きていることには、メッセージが隠れている。こんな仮説で人生を観察してみるのは面白い。状況証拠を集めれば、集めるほど、浮き上がってくるメッセージ。そのメッセージは、いろんな場面でも適用される自分の改善点。

人生は、Q&Aだ!

2007年07月21日

藍染め ○ 誕生日

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藍染をしてみた。輪ゴムでこぶをつくることで○をひとつ作った。

藍ガメに白いタオルを入れる。白いタオルが黄色のような緑のような色を吸う。この色は葉緑素の色だそうだ。液体はアルカリ性なのでヌメヌメする。藍ガメの中でしっかりとタオルをもみ、空気を出す。そして、藍ガメから出す。

空気に触れると色が藍に染まっていく。とっても美しい。このプロセスでいかに素早く全体を空気に触れさせるかで染めに差が出るそうだ。

自然な発色は美しいなぁ。

ご機嫌で歩いていると弟から連絡があり、一緒に夕飯を食べることになった。最近覚えたマフェを作り、お互いの近況報告をした。同じ親の元に生まれたからこそ、共有できる視点でまた学ばせてもらった。

気がつくと7/21。僕の誕生日だ。弟からは、身体をこするたわしをいただいた。感謝。

2007年07月22日

祝っていただきました

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みんなのプレゼントを装備し、ケーキをもらった喜びのポーズ

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16名ぐらい(最後は酔いつぶれて思い出せません。ごめんなさい)の方に盛大に祝っていただきました。

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なぜか、床で寝てました。しかも、ヒゲを油性マジックで書いていただきました。8時に目が覚め、カチュウシャが頭に食い込むことによって、出来た筋に驚きでした。

みなさん、有難う御座います。思い出せば、人と真剣に向き合い始めたのが、昨年の今頃だったのかもしれません。

自分の言動が他者の人生を左右することを怖がっていた僕ですが、僕の出来る範囲で相手を思いやりつつ素直に助言できるように頑張ります!

有難う御座います。

2007年07月26日

差異の大小

差異があると儲かります。

昔は国内でも労働単価に差異があることで、安く生産し、それより高く売ることが出来ました。現在では、為替の差異を活用することで、他国に安く生産していただき、それより高く売ることで儲けています。なんせ、東京⇔大阪より、東京⇔シンガポールの方が輸送が安い時代ですから。

差異は縮まるようで縮まりません。何故なら、既得権益者にとって差異はあった方が儲かるからです。

一方、ITの出現によって、差異を縮めることで儲かる時代が来ました。生産する人と消費する人がダイレクトに繋がることが出来るようになったからです。

差異を大きくするか、差異を小さくするか。

差異を小さくすることでwinwinになれるアプローチを発見したい!

2007年07月29日

現実と観念

僕達は、現実と向き合えているのだろうか?

いろんな方に会ってお話を聞くと、観念の世界で生きている気がしてくる。観念とはその人の世界観であり、頭の中である。観念の世界は言葉で構成されているので、相手からのキーワードを得ると、共感した気になれる。でも本当に共感できているのだろうか?

芋を掘ってみる。
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土のにおい。赤を発見したときの喜び。それをカレーにして、一緒に汗を流した仲間と食べるおいしさ。こういう共感って言葉があんまり要らなかった。

生活に生命と相互作用する機会が少なくなったことは、動的な「世界からの反作用」を実感する機会を減らしている。不確実性を数字によって観念に出来る世界。ずいぶん静的な世界に住んでいる気がする。

僕らの現実は動的。祖で振り合った縁を少しでも大切にしてみると、面白い反作用がやってくる。今、ここの現実と向き合い、その作用点を見つけたい。そして、言葉を超えて共感し合いたい。それが面白い。

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