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2007年05月 アーカイブ

2007年05月10日

心の成長と勉強

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4つ葉のクローバー

学生の1,2生の時は社会的な意義に傾倒した勉強をする。就職活動が始まると親の意見「福利厚生、大企業」を軸にして入社する。そして、生き甲斐を見出せずに転職をする。

大学院に入る。

高齢化社会の問題に社会的意義を感じている彼。研究テーマは、高齢者が始められる生き甲斐ルネッサンス。しかし、彼は友達を馬鹿にし、友達の生き甲斐を奪っている。勉強では他者の生き甲斐をテーマをしているのに、他者をこけ落とすことを考えている。


勉強は本来の自分がやりたいことを明確にする手段。しかし、今の勉強は自分のエゴに注目を与える手段になっている気がする。

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富士山。

デッカイから、自分の小ささが良くわかる。

本来の自分のやりたいことと向き合うためのヒントを提供していけたら、素敵だなぁ。

海とプール

成長(自分に架した枠を外すプロセス)のために主体的に環境を選ぶことが大切。

海とプールという環境があったとすると、

海:波、サメ、風、雨、嵐、足がつかない

プール:足がつく

って感じ。

経営者が仲間を海に放り込むのは、仲間に言い訳を作る理由になる。仲間が主体的に海を決断することを励ますことをしていきたい。

そのために出来ることは、海のデザインとコーチング的なCheck。
海は、Why・Check Point・生活の注力分布の共有、What・Howの自由化、生態系デザインの遵守でデザインする。
あとはコーチング的なCheckを日常の中で提供し続けていくことで成長という感動を共有することが出来ると思う。

2007年05月16日

登り方と登ること

山がある。その山のいただきには、人生の目的があるそうだが、雲に覆われている。
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ある研究者は山の麓で登り方をひたすら研究していた。数々の写真、生息している植物、天候の統計から、合理的かつ効率的な登り方を積み重ねていった。彼には登ることは未知の領域であり、登り方を開発せずに登ることはリスク以外の何者でもなかった。

またある登山家は山に登っていた。登るたびに訪れる困難に挫けそうになりながらも、なんとか活路を見出し、一歩一歩登っていた。彼には登り方にセオリーは無く、むしろセオリーに頼ることで困難が訪れていることを発見した。

10年がたった。

ある研究者はやっとのことで登り方を極め、いただきに向かうための最短ルートを編み出した。しかし、登る体力を失っていた。

ある登山家はやっとのことで八合目に到達していた。しかし、いただきに向かうためのルートはことごとく失敗し、登り方を模索していた。

あるプロデューサーが彼ら二人と出会った。そのプロデューサーは、ある登山家とある研究者を引き合わせ、山のいただきを目指した。

八合目間に到達したとき、ある研究者の編み出した登り方をある登山家が実践してみるといただきが見えてきた。両者は笑顔でいただきに向かって一歩を踏み出した。

プロデューサー、曰く、
「目的を共有できる赤の他人をコラボレーションさせることが登山ってヤツかもな」

2007年05月25日

間に在る美

レオナルドダヴィンチの受胎告知を観た。

どこに視点をやっても、それと対角にある対象に目を移したくなってしまうのは何故だろうか?中央のある一点に収束する見えない線。2次元の絵なのに、3次元の空気をまとっているあの構図。

ガブリエル額とマリアの額の間。

手に持っているユリと下に生えている花の間。

ガブリエルの手とマリアの目の間。

奥の港と手前の庭の間。

作品と僕の間。



間に美しさがあるのかなぁ。そんな間を観察者に感じさせるデザイナーになりたいなぁ。

ダイナミックにやりとりをするような間をデザインする力と、微細な間を発見する力を身につけていきたい。

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