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思いやりを持つこと

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桜が咲いている。

この木の周りを散策しながら、弟と話す機会に恵まれた。彼は、ひとつのことを極める性格なので、狭いが深い視座で僕にアドバイスをくれる。今回のやりとりでは、僕のあり方を認めてくれた印象があってとても嬉しかった。彼自身、いろんな体験を通じて、狭さが壊れた気がする。面白い兄弟だと思う。

他者を認める。

これ、むずい。特に身近な人に出来ない。母親、父親、相方、兄弟、仲間達には恥ずかしいみたい。自分の傷が邪魔するのかなぁ。心底、思いやりを持って他者を認めることが出来ないみたいだ。

さらに他者に対して改善点を述べることってどうなんだろう?言うことで優越感を得るためにやっているのだろうか?自分が不完全な存在なのに他者に改善点を述べる資格なんぞあるのか?

これは自分自身を高め続けるしかないなぁ。自分が改善できたことに関しては、述べられるかもしれない。(もちろん、相手が求めている前提が必要)

コメント (2)

さや:

私も母親にはまだ抵抗ありますね。

越えるべき人間なので、越えてから伝えます。

尊敬している人ほど言葉にすると軽くなる気がします。
なんでしょうね。この感じ。
「尊敬」という言葉以上に認めているからかもしれません。


>述べる資格
という考えは押し付けと捉えているからではないでしょうか。
改善点を伝えることは、
人との関わりの中で当たり前のことです。
スーパーマンなんていないのだから、伝え合うべきです。

それはスゴク面倒くさいことだし、自分が離れてしまえばいいこと、
それでも伝えるということは
相手に対して愛情があるからではないでしょうか。

なんて、ちょっと酔っているので趣旨はずれちゃったかな…


こんど、お茶しましょう~♡

さや、有難う御座います。

さやからのアドバイスによって、心が軽くなりました。人間、単純なものだねぇ。こうやって励ましあえることが大切なんだろうなぁ。

あれかな、さやは僕に対して愛情を持っているということかな?笑


<尊敬している人ほど言葉にすると軽くなる気がします。
確かに。分かります。その感じ。
日々、実践の積み重ねに続けるしかないよねぇ。

今度、お茶しよう!

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2007年04月13日 03:00に投稿されたエントリーのページです。

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