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2007年04月 アーカイブ

2007年04月11日

弛むこと

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クルックカフェにて友人との昼食をいただく。

現在、緊張の糸を張り巡らして生きていたのでこういう時間の大切さを再認識。

カフェを出たら、気持ちよい天気だったので明治神宮の森を散策。偶然、大学時代の友達と遭遇。出会いに感謝。

いろんな立場の人がそれぞれの尺度で相手を評価し、ブツブツいっている世界。体と心を弛ませて、心の赴くままにブラブラする。

いろんな立場の人を評価せずにありのままを受け入れて、謙虚に向き合うことの大切さを教えてもらった一日でした。

友達といのち

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友達が連絡をくれた。

フラメンコの連中だ。彼らとは言葉ではなく踊りを通じてお互いを尊重し合える仲。普通の会合かと思えば、僕の起業を応援してくれる場だった。

とっても嬉しかった。

自給生活をしている人、商社で石油の買い付けをしている人、原子力発電所をメンテナンスしている人、パン作りをしている人、エココミュニティで生活している人、オルゴールのメンテナンスをしている人、木工職人の人、ヤクザな人、フラメンコな人。いろんな友達をみていると、それぞれ、ぴったりな場で活動している気がする。

みんな、今、そこにいる環境で一所懸命に仕合せになろうとしている。仕合せへの手段が他者からの収奪だと長続きしないことは、貧困、水の問題、食糧の問題、温暖化、過疎化、エネルギー問題などで伝えてもらっている気がする。

多様な価値観が混在する社会で大切にしたい物差しがある。

「いのちを育む選択なのか?それともいのちを奪う選択なのか?」

この視座で今のやっていることを評価してみる。

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六義園の花が咲いている。とってもきれい。この花のいのちを育むような選択肢を発想したい。

人を手段として捉えてしまった自分、人の意見を鵜呑みにして自分の心の声を無視してしまった自分を発見。反省。向き合って解消していこうかな。

2007年04月13日

思いやりを持つこと

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桜が咲いている。

この木の周りを散策しながら、弟と話す機会に恵まれた。彼は、ひとつのことを極める性格なので、狭いが深い視座で僕にアドバイスをくれる。今回のやりとりでは、僕のあり方を認めてくれた印象があってとても嬉しかった。彼自身、いろんな体験を通じて、狭さが壊れた気がする。面白い兄弟だと思う。

他者を認める。

これ、むずい。特に身近な人に出来ない。母親、父親、相方、兄弟、仲間達には恥ずかしいみたい。自分の傷が邪魔するのかなぁ。心底、思いやりを持って他者を認めることが出来ないみたいだ。

さらに他者に対して改善点を述べることってどうなんだろう?言うことで優越感を得るためにやっているのだろうか?自分が不完全な存在なのに他者に改善点を述べる資格なんぞあるのか?

これは自分自身を高め続けるしかないなぁ。自分が改善できたことに関しては、述べられるかもしれない。(もちろん、相手が求めている前提が必要)

2007年04月19日

根性レタス

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アスファルトの隙間に顔を出しているレタス。

与えられた環境を受け入れ、精一杯のいのちを生きている。

誰のせいにするでもなく、自分が今、出来ることを懸命にやりきるその姿。


翻って僕。

どこか誰かのせいにしたり、どこか誰かに頼ってしまったりして、自分の想いを表現できていないのかもしれない。

根性レタスさん、あなたの葉の広がりに いのち の表現を感じてしまうのです。有難う御座います。

2007年04月21日

明るいLOHAS居酒屋

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マルシェの竹内専務からお誘いいただき、リニューアルオープンした居酒屋 E-SHIN-DEN に伺わせていただいた。

LOHASに目を向けた明るい居酒屋!という第一印象。最近の居酒屋は暗くてムーディなものが多い中、明るく健康的な空間がそこにはあった。

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なにしろ、野菜がおいしいのだ!とても幸せなのだ。スタッフさん総出で取引先の農家にお手伝いをしにいっているんだから、料理に愛情がこもりまくるのかもしれない。


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皆様の前で挨拶させていただいた。先達達の目線は鋭く、どぎまぎしてしまった。自然体かつ、等身大の言葉で自己表現できるようになりたいなぁ。

ハザマ

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新宿東南口のハザマ

ハザマとは「ものともののせまくなったところ。あいだ」だそうだ。

プログラミングの世界だと、モノとモノの間にリレーション(関係)をくっつけることでモデルを良く作る。モノとモノは変わらないんだけど、関係はことごとく変わっていく。

ハザマも常に変わっていく曖昧な領域。どちらかのモノに帰属したときに、ボクは安心を得る代わりに新しい価値観との出会いを減らす。そして、退屈になると新しい価値観との出会いを求め、ハザマに戻り、不安を得る。(なんか、最近はハザマを度外視した全体とつながっている気がするので不安感は減っている。)

さてと次はどこのハザマに行こうかなぁ?

2007年04月24日

するめ的実感

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Are You Lady≠Ready?!というイベント。

感動した。

今頃になって感動した。

ボクはこういう活動を通じて、他者と成長の喜びを共有したい。やってよかったなぁと思い返した今日この頃でした。

みなさん、本当に有難うございます。

2007年04月27日

責任の範囲

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ローラー営業中のビル。

自分の責任の範囲について考えた。

いままでは、他者が こうあるべき という考えがあった。だから、 こうあるべき という基準からそれる他者を見る度に変えようとしたり、うんざりしたりしていた。

いまでは、他者が こうあるべき と思うことをやめた。だから、他者がイマ、ありたい姿でいることに対して受け入れることが出来るようになった。

良くも悪くもなく、それぞれが自分の撒いたタネで実ったモノを刈り取っているんだなぁ。自分は自分が撒いたタネを刈り取ろう!他者は他者が撒いたタネを刈り取るだろう。

ボクが出来ることは、その人が見えていないモノを提示したり、見ようとしないモノと向き合うお手伝いをするだけ。見えたモノをどうするのかは、その人次第。変わるか、どうかは、その人次第。

ローラーでタネを撒いたが、今日は実らなかった。笑

2007年04月29日

増殖

三位一体モデルを読んだ。

父と子と精霊。

父は社会的規範を意味し、子は主体を意味し、精霊は増殖を意味する。

資本主義の場合、
生き残っている資本家は、複利による利益を狙って投資・買収を行い、お金を増殖させる。○ッ○ュは、社会から見えづらい形で仕組んだ戦争を行い、兵器会社の株を売買している。
社会的規範が失われると資本家が増殖し、バブルが弾け、ツケが次世代に課せられる。


フラメンコの場合、
暗黙のルールという社会的規範があり、踊り・歌・ギター・パルマという主体がいて、リズムという増殖がある。
暗黙のルールが失われるとリズムがずれ、踊り・歌・ギター・パルマがばらばらになる。


人材業界だと、
自己実現という社会的規範があり、転職者という主体がいて、人材マッチング市場という増殖がある。
自己実現という前提が失われると人材マッチング市場が盛り上がり、プリンが売れる。


原子力発電所だと
平和目的の利用という社会的規範があり、電気の使用量を4割削減できない人々という主体がいて、核分裂という増殖がある。
平和目的の利用という社会的規範がなくなると、核によってメルトダウンする。


増殖するモノという観点でモノゴトを捉えると面白い

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