最近、成功哲学に囚われている人が多いと思う。
成功哲学の本ってたくさん出ている。それのある1原則だけにひたすら囚われ、行動をしている人がいる。
例えば、人に優しくする!っていう原則があったとする。この原則を言葉で理解しているだけで思考を止めていると、自分の気に入った人にしか選択しないし、優しさもただ優しいだけになってしまう。
人って何?人には自分も含む?彼女、親友には出来ている?親は?
とか
優しいって何?しかることも優しさ?認めること?
とか、原則の言葉を自分なりに定義しては壊し、再定義するプロセスこそが重要だ。
それをしないで、成功哲学にはまり、ある思考・行動パターンを習慣化したとしても、その世界のカリスマの右腕にはなれるが、カリスマを超えることはできない。超えるためには、その成功哲学を守って、破って、ついには離れることが大切だと思う。
格物致知とは、モノをただすことを通じて真理を知るにいたること。モノを理解することを通じて真理を知ることはできない。
コメント (1)
成功哲学は『踏み台』だと思う。
自身の中でいかに昇華し結実していくかが重要かと・・・
たしかに成功哲学を『聖書』のように信仰していくことには
『危うさ』を感じる。
結果と共に『中庸の美学』を大切にする行動をしたいな~
投稿者: 祐一郎 | 2007年03月20日 12:52
日時: 2007年03月20日 12:52