« 現代の広く浅い関係性 | メイン | 関係に弾力を持たせる »

求められる触れる相互理解

お互いの真意を相互理解をするためには顔と顔を会わせ、相手の真意を立ち振る舞いと言葉から察しつつ、自身の真意に近い形で立ち振る舞いと言葉を表現していく事(以下、「触れる相互理解」とする)が求められる。真意を立ち振る舞いと言葉から察するには視覚・聴覚に加え、触覚、嗅覚、味覚で情報を入手し、知覚を最大限に活用しながら、その場に集中する必要がある。

過去、私が行うことが出来た「触れる相互理解」は、母親と子供の関係、恋人の関係、スポーツのチームメイト同士の関係、親友との関係ぐらいである。そういえば、つい先日、親友の生後1ヶ月ぐらい赤ちゃんの世話をした。赤ちゃんの世話は触れることが前提。オムツ、おっぱい、抱っこ、全ての振る舞いに触れることが伴っている。僕も同様に親のお世話になったのだろう。赤ちゃんの立ち振る舞いから、真意(おなかが減ったか、おしっこをしたか、室温が適していないか、ただ泣きたいだけか)を察することは、難しい。さらに自分自身の真意(面倒くさい、眠い、疲れた、愛している)を立ち振る舞いと言葉で伝えることはさらに難しい。特に赤ちゃんは察する力が凄いようで、真意と言動にギャップがあるとなかなか泣き止んでくれないそうだ。

今の私の「触れる相互理解」は相方・親友との会話、会食、SEX、大好きなアーティストのライブぐらいである。最近、やっと相方さんと「触れる相互理解」が出来始めた。難しいのは、自分の真意と言動を一致させることで、その原因は過去の「触れる相互理解」の機会が圧倒的に少なかったためだと思う。縁側のような空間と空間を曖昧に区切っている場所が、家庭においても(4LDKは家族の願望でしかない)、学校においても(保健室ぐらいだろうか)、会社においてもなくなってしまっているのではないだろうか。ハード的には少なくなった「触れる相互理解」の機会を増やすにはソフト的に自分の生活の振る舞いを変えていく必要がある。特にTVを見ながら、食事をして、親子の会話をするなどの○○ながらをやめる必要がある。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

2007年01月21日 20:28に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「現代の広く浅い関係性」です。

次の投稿は「関係に弾力を持たせる」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。