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2006年10月 アーカイブ

2006年10月01日

○○ながら

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仲間にメールを打ちながら、牛乳ドーナツを食いつつ、フラメンコの反省をしている図。

今日はフラメンコの舞台の第一回目のリハーサルがあった。今回練習したスタジオは去年と同じ場所。去年の思い出がこみ上げてきた。

フラメンコの仲間達は、緩く楽しい繋がりで成り立っている。そこはヒエラルキー構造が薄く、みながフラメンコというリズムを通じてお互いを認め合っている。

会社、NGO、NPO、サークル、部活、家族。いろんな組織がある。そこに「注目が極所に集まる構造」がある場合、組織はどんどん疲弊していく。みんなが注目されている構造で組織をデザインしていくことがこれから求められていると思う。

フラメンコは、歌い手、リズムメイカー、踊り手、ギターの4者に同じぐらいの注目が集まる構造だ。組織をデザインすることは、生活の振る舞いの規範を魅せること。フラメンコだったら、歌い手の唄を聞き、それを考慮に入れて、踊り手が踊り、その踊りを受けてギターが奏で。。。という具合。

さいこー

あ、10/14,15@SFCで舞台をやっているんで、組織構造に興味がある人は是非見に来てください。

2006年10月15日

もうめんと 4年スペシャル

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10/14,15@SFC。SFCスペイン舞踊部の晴れ舞台があった。僕は4年生ということでスペシャル講演をやった。4年生と院生だけの舞台を作った。


テーマはもうめんと


イマ、ココで精一杯、生き抜くこと。過去に囚われず、未来を憂うことなく、イマ、ココに生きること。フラメンコをやってきて、初めて舞台全体を通して一体感を感じることが出来たなぁ。みんなに感謝です。

有難う御座いました。

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この写真は打ち上げ後の写真。みんなごろごろしたり、唄を歌い始めたり、踊り始めたりしている。

2006年10月21日

臭い物に蓋をする

臭い物に蓋をするというアプローチは、自分の子供にうんこを食わせるようなものだ。

問題を解決するプロセスは、臭い物を発見し、その臭さの対処法を発明し、それを実行するという3つがある。蓋をするという対処法は、臭い物自体を解決するのではなく、臭さを隠すことで問題を解決している気になるという邪道だ。

ディーゼル車の排気ガスを、浄化装置をつけることで空気の汚染を軽減する。これは、粗悪な日本の燃料自体の欠陥に蓋をしているアプローチ。燃料自体をバイオディーゼルや、SVOにすることで排気ガスをマシなものにしたり、石油依存からの脱却も出来たりするんだけど、知らん振り。ハイブリットな方向に行っているのはアメリカと日本だけ。ヨーロッパはディーゼルエンジンがアツイ。

日本のエネルギー需要に応えるために、原子力発電所で発電することでCO2を出さずに電気を得る。これは、2万年以上放置しないと危険性が無くならない核廃棄物を次世代にお任せしている。エネルギー需要自体を小さくするアプローチが求められている。

食料需要に応えるために、添加物たっぷりの食品、農薬たっぷりの食品を通じて、賞味期限の長い商品を生む。これは、奇形児・アトピーの原因となっている。高崎山のサルはコンビニ弁当を食べることで、奇形児が沢山増えているそうである。(サルの世代交代は人間より短いペースなので、人間の近未来を示唆するかもね)

コストを削減するために、割り箸を年間250億膳使うことで、便利な外食をする。これは、森林伐採に蓋をしている。次世代には森はないかも。

社会生活を送るために、抗鬱剤を飲むことで、安心を得る。これは、抗鬱剤の飲む原因となっている生活習慣に蓋をしている。

蓋をすることに共通していることは、儲かること。自分さえ良ければよいという価値観で他から収奪する行為をぼくらはしているんだと思う。

臭い物を発見したら、自分の手で臭い物を浄化することが当たり前の手段だと思う。汚れたり、臭かったり、痛かったりするけど、浄化できればすっきりすると思う。僕は、うんこを食いたくない。

2006年10月25日

成長とは

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成長って何だろうと考えた。(写真はゴマを収穫している様子@木の花農園)

成長とは、事象を第三者的な視座で捉えることだと思った。

企画をプレゼンしている時、自分の視座だけで相手を説得しようとしている状況がある。もし、自分を含め、相手を観察している第三者的な視座でその場を捉えることが出来るようになれば、お互いがwin-winとなる最適点を見出せるだろう。自分だけの視座で相手を取り込もうとしたら、失敗することが多いだろう。

さらに、自分・相手・地域・社会・地球という具合に第三者的な視座に含まれるコトが増えていけば行くほど、事象をよりうまく捉えることが出来る。そして、内なる世界観と現実の世界のギャップをより正確に把握できれば、改善点を発想できるようになる。

もっと、いろんな人との関係性を大切にしてその人の世界観を受け止めて生きたい。

先ずはフィールドワーク。そして、出来たネットワークを維持し、フレームワークをどんどん外していこうっと。

目覚めているか?

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今日は、フラメンコの舞台を観に行った。テーマは、鏡。伊集院さんが呼びかけた舞台であった。

「目覚めているか?」
彼の生み出す場を観てそう感じた。フラメンコは、魂を歌い手が吐き出し、ギターが細部を紡ぎ、踊り手がそれを共振させるような場だ。オーケストラと異なり、指揮者がいない。そんな状態で、リズムを相互編集していく。ジャズとの違いはテンポも変えてしまう点かなぁ。他者の意図を察し、自らの意図を惜しげもなく表現する。察すること・表現することが出来なれば、ダイナミックな場は生まれない。自分の世界観を超えて、他者の世界を察する。自分の世界(夢)から目を覚まし、他者の夢見を捉える。


「誠実であること」
彼の立ち振る舞いから感じた。誠実とは、言った事を成し、実らせること。彼の積み重ねによる素晴らしい足技と木のような立ち姿から、素晴らしい実りが見た。


彼を鏡として、自分を振り返れた気がする。目を覚まし、自他の意図を察すること。生活の中で積み重ねていくこと。素晴らしいメッセージを受け取りました。

有難う御座いました。

2006年10月28日

積み重ね

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9年間愛用しているポーターのバックの金具が壊れた。ここ半年は、ずっと背負っていたバックだ。日々の歩みが、金具を磨耗させた。

タイミングも面白くて、経済的成功を目指していた場所に行く途中だった。金具の先には、インドのお寺でいただいた灰や、新野さんの竹墨や、弟がくれたキーホルダーがくっ付いていた。

日々の積み重ねの結果が今であり、その積み重ねを基礎にして次が生まれる。

なんかいろんな意味を考えちゃうなぁ~♪

日々の何気ない風景を出来事にして、もっと楽しんで生きたい。笑

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