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主語の変化

企業研修が職業の方と酒を飲んだ。
「子供が生まれるんだよねぇ」


友達の結婚式に参加した。
「これからは、夫婦ともども....」


自分という個の世界に、子供であったり、妻であったりが密接に関わる場面だ。僕の人生観は、個の世界が主流であった。が、インドの旅、おばあちゃんの手術、同期の結婚、身近な人からの叱咤激励によって、だんだんと他者を受け入れられるようになってきた。自分だけであれば、コントロール可能なゴールを持ち易いが、他者と一緒の場合はコントロール可能なゴールは持ち得ない。コントロールしようとする根本の動機は僕の不安から来ているものだろう。別にコントロールする必要ないし、なるようになる世界を楽しむだけの度量を持ちたい。それぞれが全責任を負い、過不足を助け合う。それぞれが成長するもんだから、日々新たなり。

主語が「僕が」を超えて「僕達が」になる時、人はまた成長するんだなぁ。と2人を見ていてしみじみ感じた。凄いや

コメント (4)

堀江恵理子:

なんだか
自分だけであれば、コントロール可能なゴールを持ち易いが、他者と一緒の場合はコントロール可能なゴールは持ち得ない
っていうの部分にすごい納得してしまいました。
今その他者と一緒のゴールを想定して、コントロールしようとしてて、すごい悩んでたりするから何ですけど、何故難しいかの核心はここですよね。そもそも未来なんてわからないのに。
あたしはとっても器が小さいから、今とっても余裕がなくなってて、きっと周りの人にすごい迷惑をかけてたりするんだろうなぁと思ったり。
成長しなくちゃなぁ。大きくなりたい。

かっさん:

ほりぽん、コメント有難うございます。

コントロール不可能で面白い未来を思い浮かべられるとよいかもね。僕の例だと、
・自分自身の1年後
・相方の1年後
・弟の1年後
・この前植えたジャガイモの5ヵ月後
・One Light Wayプロジェクトの行く末

コントロール可能な未来を思い浮かべると
・う~ん。思い浮かばん。

これを書いていて感じたけど、そもそもコントロールできる未来はないんだねぇ~♪コントロールできるのは、今の自分の行動だけだわ。

有難う

こんにちは!ETIC.のイベントでお会いした甲斐です。
わかりますでしょうか。。
お久しぶりです。

私も去年たくさんの人との出会いを通じて、他者を受け入れられるようになってきました。
それまでは、かなり自己防衛的というかなんていうか、、、型にはまって物事を見ていた自分が大きかったです。

「僕が」を超えて~の最後の一文、すごく共感、というか素敵だなって思いました。

私は今インターンとUnivaの方で動いてるんですが、
この間少ししかお話できなかったので今度ぜひ5月にでもお茶してください!

かっさん:

甲斐さん、コメント、有難う~♪

<この間少ししかお話できなかったので今度ぜひ5月にでもお茶してください!
是非、お茶しましょう~♪わーい♪

<「僕が」を超えて~の最後の一文、すごく共感、というか素敵だなって思いました。
これね。一緒に飲んだ方がポロリといったんですよ。すげー格好良かったよ。

<それまでは、かなり自己防衛的というかなんていうか、、、型にはまって物事を見ていた自分が大きかったです。
これ、僕の課題でもあります。型がなかなか外せなくて。だんだんと素直になっていきたいっすわぁ

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2006年04月10日 01:12に投稿されたエントリーのページです。

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