« 2006年01月 | メイン | 2006年03月 »

2006年02月 アーカイブ

2006年02月02日

たねの話

2/2(木)にたねの森に遊びに行った。http://www.tanenomori.org/

ここは、世代を繋ぐたね(在来種)を家庭に販売しています。

以下、在来種と交配種の話を書きます。

在来種は、今まで生き残ってきた種で、他の種と交わっていないものです。(伝統種と呼ばれるものは大体50年世代交代している)
-個性がある
同じ時期に同じ土地に撒いてもタネそれぞれの発育が異なる

-地産地消(家産家消)
同じ時期に撒いた作物であっても収穫時期が異なるために、持続的に多様な野菜を取れる

-連作障害なし
化学肥料、有機肥料を与えなくても同じ土地に世代を超えて生きる

-世代を繋ぐ
果実から採種を繰り返すことによって、その土地に適応した種になる

交配種は種同士を組み合わせて作っているもの。日本の農家の9割が使っている。
-規格品
同じ時期に同じ土地に撒くと大体同じ時期に収穫できる

-大量生産に向いている
規格品ができる

-見た目が良い
農薬を使用しまくっても見た目は、固定種より全然おいしそう(色が濃い)。

-たねの長距離輸送
農薬によって可能

-連作障害
大量に土地の栄養素を野菜が取るので、化学肥料、有機肥料で補う必要がある

-一世代のみ
果実から採取した種は、その果実のような特性を持たないため、農家として扱えない


昔の僕は、交配種みたいだなぁと思った。今の僕は、固定種だ。

この話は面白いので、また書きます♪

2006年02月04日

世代を繋ぐ野菜

たねの話の続き

世代を繋ぐ野菜について

自然のサイクルって、種→苗→野菜→種→苗→野菜...という具合で、世代を繋いで種を残していく。野生の草花はこれを実践中。そして、世代を繋ぐ度にその環境に適した特性を身につけていく。結果、環境の変動に対して、全体として多様な耐性を持つにいたる。

日本の農家の9割が使用している交配種は、種→苗→野菜で終わってしまっている。採種したとしても以前の交配種のような特性は出現しない。世代を繋ぐことが出来ないので、生産元の企業が潰れたり、地球温暖化等の環境の変動に対して、一様な耐性しか持てない。

ちなみに採種というのは、野菜を収穫せずに種を取ること。種のとり方は、野菜ごとに異なっている。

僕に例えてみると、精子+卵子→赤ちゃん→青年→成人→おじいちゃん→死というサイクルがある。僕を産んだ精子と卵子のルーツは、母と父。彼らもそれぞれ母と父がいる。

僕も種を残そう。笑

2006年02月05日

敬う

仲間がいるって嬉しい♪

昨夜、上野の肉屋で羊と犬を喰い、カラオケに行き、終電までバーで語った。彼らとの出会いは、一年にも達していないけど、心を開き合える。言葉はあまりいらなくて、お互いの表情で分かり合える貴重な仲だ。

終電でそのままサークルの友達宅に押しかけた。酒を酌み交わし、語った。彼らは、SFCスペイン舞踊部を通じて知り合った。他者に思いやりを当たり前に配れる人間だ。

電話が来た。彼とは、高校からの付き合いで仲間だ。子供が出来たらしい。一緒に素敵な世の中を創ることに同意した。生き方で共鳴し合える。

今日、一緒に昼飯を食ったやつがいる。彼とは、大学一年からの付き合いだ。彼との会話はいつも「Yes,and...」という具合で、様々なアイディアがぽんぽん生まれてくる。大学時代の成長を刺激しあえる仲。

よく連絡をくれる遠い友もいる。彼とは、高校からの付き合いだ。大企業で実働している彼の姿は「思考量>行動量」の僕を素直にしてくれる鏡。

それぞれ、目指すものが異なり、持ち場も異なる。そんな僕らを仲間たらしめている共通項は、お互いを敬っていること。

自分を敬い、相手も敬う。自分を卑屈にする必要はないし、相手を持ち上げる必要もない。弱くも無く、強くも無く対等な関係。

2006年02月08日

忘れている

2/7に帰省した。

まず、手術後のおばあちゃんに会った。スィー、スィーって歩けるようになっていた。30分ほど、談話室で昔話を聞いた。ちなみに手術は、自分の足の静脈を取り出し、心臓の血管としてくっつけるというもの。

その後、家に帰り、親父と久しぶりに語った。昔は、遠くて近寄りがたかったが、今では身近で尊敬の念を抱けるようになった。夕食後、母が昔の家族の写真を持ってきた。それらには、僕が忘れている情景がたくさんあった。

おばあちゃんの昔話にしても、親と写真をネタにした昔話にしても、忘れている情景があった。嫌な思い出と素敵過ぎる思い出は覚えていたが、何気ないやり取りは忘れていた。しかし、その何気ないやり取りを思い出す度に、「あ~、楽しかったなぁ」とか、「兄弟がたくさんいて(4人兄弟)よかったなぁ」とか、「親って有り難いなぁ」とかをしみじみ感じた。

忘れているからこそ、思い出したときにきっと前より素敵になって、今を彩ることができるんだなぁ。何気ないやり取りにこそ、豊かな思い出が潜在していくんだなぁ。ふむふむ。

今の何気ないやり取りを丁寧に扱って行きたいわ~♪

2006年02月10日

はたらく、他、楽

「働く」についてお話をする機会があった。

R社の方、M商事の方、Sリーの方、ベンチャー社長、大学生という面子で、みんな一所懸命だ。

保育施設に関する議論があった。

「夫も働き、女性も働いている家庭では、子供を保育施設に預けたい人がたくさんいる。しかし、現状では保育施設が少なく、やむを得ず女性が家庭に戻っている。労働人口が減少する中、女性の社会参加は必須であり、保育施設の充実が必要だ!」

なんか寂しい。
僕の場合は母が専業主婦であったため、家に帰ればやり取りがあった(家事をやらされたり、兄弟の面倒を任されたり、買い物に行かされたり...感謝)。なにしろ、「おかえりなさい」があった。幼稚園の頃は給食が無かったので、母が弁当を作ってくれた。今でも、味とか覚えている。

現代のお子さんは、両親共働きで、保育施設へ。一日、親子が顔をあわせる時間は、1時間ぐらいだろうな。きっとお弁当も給食。親と子のやり取りは少ないだろうなぁ。三つ子の魂、百までっていうから、根がなく注目を糧にして生きていく人が増えるだろうな。

そもそも何のために働くんだろう。働くことより、子供を育てるということが優先されないって、どんな価値基準で決めたんだろう。働くが、「はたを楽」にするんじゃなくて、自他を苦にしているような気がする。

2006年02月13日

3分でまとめる

2/12@渋谷にてETIC.が主催するwork-life Innovator's のブラシアップセミナーに参加した。

プレゼンの時間は3分。

失敗...汗
ビックピクチャーを見せて終了...どびーん

PPTはスライド一枚一分原則で行こうと再認識した。

以下、改善案
一枚目:「実績から見える原点はこれです!」
二枚目:「これをここまでやろうとしています!」
三枚目:「その動機はこんな想いです!」
30秒:「これに困っています♪」

知行合一

2006年02月16日

美しさ

最近、渋谷の町を往来する機会が多くていろんな人とすれ違うわけです。

信号待ち⇒歩く

ここにある静と動。

信号待ち中。隣を見て、「あ、この人、綺麗だなぁ」って思う。信号が青になり、その人が動き始める。「ガタガタしてて、おかしいな。」

表面で美しさを装っても、歩くという「何気ない積み重ねの集大成」である動作は嘘を付けない。

動の中にある一瞬の美しさを自分で演出できるように、胸を張り、自然に佇んでいたい。

2006年02月17日

縁側

内と外の曖昧な境界線である縁側。

内とは安心できる拠り所であり、外とは挑戦できる場。

安心できる拠り所に依存している「引きこもり」。安心できる拠り所を失い、ひたすら挑戦し続ける「自称自己実現者」。

引きこもりには、挑戦できる場との縁側を♪
自称自己実現者には、安心できる拠り所との縁側を♪

現代、失われつつある縁側をデザインし、たくさんの人に自己と向き合うキッカケを提供したいわ~♪

縁側のキーワードは、安心・本音・縁・さりげなさ・ぽかぽか・猫かな。笑

2006年02月18日

注目を糧にする

シュウカツの時期ですから、自己分析が流行っているわけです。

Q:「自己分析で何か見つかった?」

A:「自分のモチベーションの源泉が、他人から注目されることだって気が付いたんだよね。だから、たくさんの人に注目されるような仕事がしたいなぁ」


苦しくならないのかなぁ。
自分の行動に対する評価を他者の視点に任せる。自分は他人のことをあまり気にしないくせに、他人が自分を気にしているという前提がある。結果、思ったほど他人が注目してくれるような体感が得られない。

自己の分析には、深い内省が必要で、深い内省とは実践を伴う体感を基礎とした素の自分との会話だと思う。この自己分析で「他者から注目されたい」という欲求の一歩奥の欲求に触れてみる。奥の欲求に気付き、その欲求を満たす行動をした時、自分の心を観察する。そこで得た思わぬ心のリアクションを捉え、また奥へ行く。

いつか「ワクワク・ドキドキ・ウキウキ」するような心の源泉に至り、苦楽がある仕事をしたいなぁ。他者から認められるという注目を糧にせずに、内在するコトを糧にするんだ。

2006年02月21日

確かな一足

道: 禅僧・一休宗純(一休禅師)の言葉

この道を行けば、どうなるものか
危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし
踏み出せば、その一足が道となり、その一足が道となる
迷わず行けよ、行けばわかるさ


今、あるWebアプリを作っているダス。ビジネスモデルでお金が入る仕組みとか、競合者による乗っ取りとか、杞憂したなぁ。結局は、現場に行って地道にフィールドワークを重ね、先達に助言を仰ぎ、仲間を大切にできたことが一番の近道となった。

今日は、初めて仲間と一緒にガシガシ活動できた。設計段階から、実装段階に入ったわけだ。一足、一足を大切に作っていきたい。

行けば、分かるさ!有難う♪

2006年02月23日

不思議な出会い

2/23 AM0:30@自宅の近く

僕は、家路につき、現在開発中のWebアプリがユーザーの心理にどんな影響を及ぼすのかを考えていた。

「おいぃぃいいい!ちょっと、待て!」

スゲー怖い声を悪意たっぷりでぶつけられた。酔っ払ったおっさんだ。面倒くさいので小走りにアパートの階段を登った。

「ちょっと、待てって行ってんだろうがよ!ぁあああああああ!」
ドタドタドタ。すごいでかい声。近所に絶対に聞こえている。

自宅の扉でご対面。

酔者:「おい、おまえ、今、何時だと思っているんだ!あぁあ!」
   怖い顔でくさい息。

僕:「はぁ、遅いですよね」
   笑顔。(足はブルブルしている。笑)

酔者:「ってか、お前、いいやつだな。」
   ちょっとにこやか。

僕:「有難う御座います」 
   笑顔。

酔者:「おまえ、パソコンやってんだろうな。遅くまでご苦労さん。」
   フレンドリー。

僕:「どうも有難う御座います。」
   はぁ。

酔者:「おまえ、ほりえもんに似ているな!」
   もはや、友達?

僕:「ほりえもんは、坊主ではないので違います。」 
   髪の毛、3mm。

なんか、日本でもこんな体験が出来るんだなぁ。そして、最初の悪意が笑顔で消えたような気がして不思議な気分だった。自分の中にある相手に対する嫌悪感がなければ、結構だれでもいけちゃうのかな。

う~ん。人間は不思議なり。

2006年02月24日

続・縁側

縁側

縁側憲章を考えた。右はイメージ図。

1条:縁側はポカポカしている
2条:縁側は安心している
3条:縁側は本音で共感しあう
4条:縁側はニコニコしている
5条:縁側は気が付いたら座っている
6条:縁側は幼い頃の素直さになる
7条:縁側は言葉少なく阿吽多し
8条:縁側は草木がある
9条:縁側は戦争が起きない
10条:縁側は世代と嗜好を超えた出会いがある

縁側を一緒にデザインしたい人は、連絡下さい♪笑 t03490ks@sfc.keio.ac.jp

About 2006年02月

2006年02月にブログ「ぼぉ、かっさん、都丸一昭、グラウンディング!?」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2006年01月です。

次のアーカイブは2006年03月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。