« @インド | メイン | 親子の信頼@インド »

コペルニクス的転回@インド

質量が m1,m2 の二つの質点が、速度 v1,v2 で動いており、その元のエネルギーが(m1+m2)の位置エネルギーだったとする。

m1 * v1^2 / 2 +m2 * v2^2 / 2 = (m1+m2) * g * h

この視点を自覚することは難しい。

僕がm1だとしたら、自分がv1で動いていることに気が付けるだろうか?
m2さんと+という関係で結ばれていることに気が付くだろうか?
それらの合計が増えもせず、減りもせず、時間の経過に関係なく一定だということに気が付くことが出来るだろうか?

mが、必要とする資源であり、vが消費運動だとする。僕m1が資源消費量を大きく(富む)すればするほど、何処かの誰かさんm2の必要とする資源の消費量を減らさない(貧する)といけない。なぜなら、その総量の (m1+m2) * g * h は一定だから。地球の資源は、無限ではなく有限だから。


日はまた昇り、沈む。でも、本当は地球が自転している。この視点を僕達は持っているが、自覚には至っていない。


インドの夕日を見ながら、昼間に出会ったチャイを売る子供の笑顔を思い出した。

コメント (2)

AA:

おもしろい考えかただな
確かにものが有限であるのだから,自分が得をした場合誰かが損をしているって考えは
正しいのかもしれない,でもそれって極限られた空間での少数の場合でしょ
これだけ,生物がいて対に幸,不幸があるなんて無理でしょう
もっと細かく考えないとね,言うなれば”その行い”は他者に微少の影響を与えている可能性があるってことで
それが,幸か不幸かはその当事者になってみなければ分からんと
ただ,自分が幸せの時にその影で泣いてる人がいることを知っていることは重要なことだと思う。
個人的な意見としては,面倒なので気にとめませんけど
気づくって行為は難しいよね,言われないと分からないし

こんな事思いだしました
友達が中学くらいの時に言ってました
幸福量絶対の法則
誰かが得すりゃ誰かが損する ±0なんだと
簡単な例が ジャイアンとのび太だって

かっさん:

>個人的な意見としては,面倒なので気にとめませんけど
そうなんだよね~♪面倒でなんだよね。自分を個ではなく、全体であるという自己認識に立たないとできない。ところが、認知限界があるから、とても他者まで...

自分が全体であるという自覚をいたることをいわゆるニルヴァーナというらしい。

>でもそれって極限られた空間での少数の場合でしょ
うん。この地球が極限られた空間で少数なんだよ。BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国)の動向次第で資源はあっという間に枯渇するのは自明。

僕らがm1 or v1を小さくしても
>幸か不幸かはその当事者になってみなければ分からんと
幸せである道が求められている気がするぽん

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

2006年01月08日 22:35に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「@インド」です。

次の投稿は「親子の信頼@インド」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。