「老農の坂」という本の言葉。
「一年のはかりごとは、麦を植ゆるにあり」
「十年のはかりごとは、樹を植ゆるにあり」
「百年のはかりごとは、人を植ゆるにあり」
世代を超えた価値観で昔の人は活動をしていたと思います。
「3ヶ月のはかりごとが、中長期戦略」
「1年のはかりごとが、長期戦略」
「3年のはかりごとが、夢」
というのが現代の活動の尺度だと思います。
十年、百年先の次の世代のために、我々がすべきことってなんだろうなぁ。
最近、時間が加速しているような気がする。笑
« 賞賛による堕落 | メイン | この道はどこまでいくのか? »
「老農の坂」という本の言葉。
「一年のはかりごとは、麦を植ゆるにあり」
「十年のはかりごとは、樹を植ゆるにあり」
「百年のはかりごとは、人を植ゆるにあり」
世代を超えた価値観で昔の人は活動をしていたと思います。
「3ヶ月のはかりごとが、中長期戦略」
「1年のはかりごとが、長期戦略」
「3年のはかりごとが、夢」
というのが現代の活動の尺度だと思います。
十年、百年先の次の世代のために、我々がすべきことってなんだろうなぁ。
最近、時間が加速しているような気がする。笑
コメント (2)
時は加速している。
でも生物学的な人間の体の時間・時間そのものは一定。
ではなにが加速しているか?
世の中の人の感覚が加速しているとしか言いようがない。
早く効率がいいことが美化されすぎて
世の中全体の人の感覚がせかされている。
投稿者: たいすけ | 2005年12月17日 17:58
日時: 2005年12月17日 17:58
感覚器は自分の外に向けて発達している。そこに情報革命が起き、雑多な情報が毎秒単位で入ってくる。インプットされれば、アウトプットせざるを得ないため、心がずっとせかされる。
感覚を自分の内に向け、情報を制限することを通じて、心にゆとりと素直さを積み重ねる必要がある気がする。
感覚を内に向けつつ、未知の外界と向き合う。バランスが求められる
投稿者: かっさん | 2005年12月18日 08:34
日時: 2005年12月18日 08:34