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2005年12月 アーカイブ

2005年12月02日

戦略的意思決定論

グループによる

【メリット】
豊富な情報、スキル、知識・知恵、観点
エラー訂正メカニズム
高い満足度・受容度
決定の正当性確保
責任の分散


【デメリット】
無責任
社会的手抜き
自信過剰
病理現象

--病理現象
 リスク極化現象→反直感的
 病理的集団思考(groupthink)
   エリート意識+過度のプレッシャー→空気に反することを言い出せない
   (ex)核爆弾投下の意思決定
 アルビーノ・パラドックス(過剰付度)
   田舎の町アルビーノに移動遊園地が来る。父と子は、あまり話し合っていない。
   父「遊園地行こうか?」
   子「うん!」
   母「それはいいアイディアだ!」
   彼らは、一人として遊園地には行きたいのだが、親子のコミュニケーションのために
   行きたくない遊園地に行く意思決定をしてしまう。


【プロセス】
ポジティブな規範を説明し、ネガティブな規範を説明する。


【議長の権限】
人数が増えれば、増えるほど、議長の能力に関わらず、権限増す


【グループの構造】
グループ人数を増やしていくとすると、
1.コミュニケーションコストは、2次間数的に増していく。
2.グループビニフィットは、対数的に増して行く。
その交点であるグループワーク人数の限界は、7,8人。


【思考の発散収束モデル】
・思考の発散 
 オープンコミュニケーション
 評価の一時停止
 共感

・思考の収束
 規範者による決定
 利害の交渉


【思考の収束】
 Devil's Adovocacy:悪魔の弁護人
 短い時間で、質が高い思考の収束ができる


【チーム意思決定のモデル】
・インプット
 問題の性質・定義
 情報
 グループ人数・能力
 グループ構成・凝集性
 コミュニケーション手段

・プロセス
 タスク相互作用
 社会的相互作用

・アウトプット
 質
 スピード
 共感

【優れたグループの意思決定方法】
目的明確化
質が問題ならば、思考を発散させた後、収束させる
意見の一致は重要ではない
理由の探求が 重要
個人のメンツなどのノエイズを排除する
プロセスが円滑な場合は、質は低い

2005年12月09日

戦略的意思決定論

【創造性と意思決定】
-意思決定と創造性のかかわり
-隠れた前提、9点問題、ピンポン問題、エレベータ問題
 ・9点問題は、キックポイントを点でやらなければよい
 ・ピンポン問題は、社会的規範から外れた発想が求められている
-創造性の本質
-発散・収束思考・グループ意思決定との関係(異質の許容&オープンっコミュニケーションによる隠れた前提の発見)


【制約】
-提示された問題に隠れている前提、社会的規範、無意識の意思決定バイアスからの制約を見つける。
 ・見つける方法としては、自分とは異質な領域の人と議論を通じて、自分の隠している制約を認知することが出来る。
 ex)他国の人、他宗教の人、違う世代、嫌いな人によって、自分自身を知ることが出来る。

【創造的とは】
-天才芸術家
 ・彼らは特別な存在
-創造的とは努力をしているこということである

2005年12月15日

おばあちゃん

おばあちゃんが、ICUに入った。お見舞いに行った。

「命を繋ぐことは素晴らしい」

涙が出た。
もらった「かぼちゃの煮つけ」がうまかった。


戦争で死んだ体験を通じて、おまけの人生を送っているおばあちゃん。生きる意義は他者のため。金、刀、愛憎、思想、血縁による苦があった。だからこそ、おばあちゃんが知るに致った道理と内在する思い出がある。

おばあちゃんが曰く、
「かずあきみたいな孫がこうやって来てくれる。たくさん産んでよかったわ!はっはっは♪」


おばあちゃんに内在する思い出は、極彩色なんだろうな。命を繋ぐこと自体にこんなに価値があるんだな。

有難い。

人からの頼み

「イデオロギーズ 著:福田和也」でアダムとエバが知恵の実を食べた訳の面白い解釈を見つけました。

A:「善意の配慮」
アダムがエバを悲しませたくないという善意の配慮があったため、アダムはエバから薦められた知恵の実を食べてしまった。ちなみに、エバは、サタンであるヘビにそそのかされて食べちゃっています。

この行動から、人の根本に「他者から要望に応えたい」という気持ちがあるのではないかと著者はいっています。

僕も人から求められると応えてしまいます。

僕はこの事は、罪ではなく、素晴らしいことだと考えています。

2005年12月16日

賞賛による堕落

アインシュタインの言葉より、ぐぐっとキター♪

賞賛による堕落から逃れる方法はただひとつ。仕事を続けることである。人は立ち止まって賞賛に耳を傾けがちであるが、唯一なすべきは、賞賛から目を逸らし、仕事を続けること。それ以外の方法はない。


最近人から褒められることが多い。

「凄いね~♪」
「かっさんがいなかったら、○○♪」
「笑顔、最高♪」

これらを言い訳にして、僕はやるべきことを怠慢している。反省。

できることをやりきる!これですね

2005年12月17日

時間の単位の変遷

「老農の坂」という本の言葉。

「一年のはかりごとは、麦を植ゆるにあり」
「十年のはかりごとは、樹を植ゆるにあり」
「百年のはかりごとは、人を植ゆるにあり」

世代を超えた価値観で昔の人は活動をしていたと思います。

「3ヶ月のはかりごとが、中長期戦略」
「1年のはかりごとが、長期戦略」
「3年のはかりごとが、夢」

というのが現代の活動の尺度だと思います。


十年、百年先の次の世代のために、我々がすべきことってなんだろうなぁ。

最近、時間が加速しているような気がする。笑

2005年12月19日

この道はどこまでいくのか?

僕の目的を具体化と抽象化を通じて、整理してみた。

幻想:ぼんやり考えているもの
夢:幻想より形がはっきりしているもの
目標:夢に日付があるもの
予定:あらかじめ決まっていること

僕の幻想は、「自然に囲まれながら、気楽で出来る範囲の仕事を通じて、家族・友達と笑顔を交わし続ける生活をすること」
僕の夢は、「生産プロセスの体験を通じた食の有難さの伝播」
僕の目標は、「大学一年生のキャリア形成におけるエンパワーメントwebコミュニティを1/30までに実装すること」
僕の予定は、「インドに行くこと」

いやぁ、一貫性がないなぁ。笑。繋がっているけど、それに気付かないのか。それとも、ずれている行動をしているのか。いきなり素直になれないわ~♪

2005年12月20日

大丈夫、大丈夫

今日、尊敬するおばあちゃんの手術日だった。

研究活動を終え、北海道→羽田の飛行機を乗ったときに手術開始となり、家に着き、掃除と洗濯を終えたときに手術が終わった。

ずぅ~っと「おばあちゃん、大丈夫。おばあちゃん、大丈夫。おばあちゃん、好きだよ~♪」と心の中で想い続けた。不安感は無かった。

結果として、手術は成功し、意識も取り戻せたみたい。

僕のルーツのひとつであるおばあちゃん。おばあちゃんがおかあさんを産み、おかあさんが僕を産んだ。僕という存在と向き合う機会が頻繁に訪れる今日この頃。

2005年12月21日

挑戦する力

シリコンバレーの起業家のビデオを見た。そこには、計14人の投資家から断られても、自分の夢を実現すべく挑戦している男がいた。

「挑戦し続けることが道を拓く!」


投資家の投資判断軸は、「発想(ビジネスモデル含む)が良いか」「機能するチームを持っているか」「失敗した経験を活かしているか」かな。彼は、機能するチームを持っていないことがネックとなり、投資家から断られてきた。自分とダブる。最終的には、彼はチーム結成に成功し、投資家から認められるに至った。


シリコンバレーには、「投資家(起業成功体験者)が、起業の金銭的リスクを負う文化」、「知の還流(自分のアイディアをオープンにすること)する文化」、「失敗を賞賛する文化」がある。これらも彼を後押ししてくれるが、一番の成功の秘訣は、挑戦し続けることだと感じた。

彼の「挑戦し続ける動機付け要因」は、「身近な友達に成功のロールモデルがいること」、「退路を断っていること」、「できると確信していること」ではないだろうか?


こういう状況ってないだろうか?
同じ人間を凄い人だと決めつけ、自分をか弱い子羊に見立てる。選択したのに、いざというときの言い訳を用意する。できない理由を探す。

人間は、みんな同じ。決断とは決めて断つこと。出来る!!!大丈夫だ~♪

2005年12月22日

beyond_the_web2.0_on_flamenco

フラメンコの写真
フラメンコは、指揮者のいないオーケストラと同じ。

役割は違えど、お互いを思いやり、その場で出せる精一杯を協調の中から生み出します。一人でも依存していたり、自己表現が曖昧であったりしたら、感動は生まれない。

「和を持って尊しとなす」

の体現みたい。


まずは、自律:和
自分の役割をしっかりと果たす。

次に協調:和
他者を思いやり、聴く。

そもそも分散:和

webのコンセプトそっくり。センタライズなweb2.0を超える秘密がここにある。笑

笑顔

笑顔って素敵だよね~。

今日、いつもありえないぐらい働いている方と40分ほどミーティングをしました。

笑顔が素敵なんですよ。はい。

いくら忙しくても、いくら腹立たしいことがあっても、笑顔でいること。簡単なようでできないことです。顔は心と直結していますから、少しでも影があると大体分かります。

志があるからかな~♪どんなことがあっても彼女にとってしてみれば、有難いことなんだろうな。

とりあえず、僕の心は温かくなった。有難い。

2005年12月23日

木の中に森を見る

「木は無い」そうです。

木を植えろ!と言われたとします。木を探すわけです。
でも、そこには「木」は無く、檜や、杉、桜、松があるだけです。「木」は人間の頭だけに存在している概念であって、実在するのはユニークな存在のみです。私たちは共通項である「木」というカテゴリを勝手に作っているわけです。

「人」にも同じことが言えます。そこには、吉川、川島、都丸、篠原というユニークな存在があるだけです。

人を育てるということは、そのユニークな存在にアプローチすることです。それぞれの人に合った接し方はあって然るべきです。なぜなら、松の木に桜の花は期待できませんから。

みんなユニーク。だから、それぞれの特性に分別して、期待をかける必要があります
一方で、みんな、同じ木、同じ人間。だから、みんなに共通して期待もあります

2005年12月24日

物質的貧困の豊かさ

帰省後、1/6までインドに行きます。2度目です。ガンジス入水の写真

インドは、物質的には貧しいです。孤児・こじきが、お金を催促し、その末路なのか路上で骨と皮になる人もいます。その傍らで、日常生活が淡々と流れていく。

物質は、目に見えます。日本の日常は、目に見えるものでなんでもかんでも評価しようとしている人が多いように感じます。お金、物、称号。ずっと言われ続けている「人間力」なるものは、目には見えない領域なもんだから、能力の差が生まれるんだろうな。

精神は、目には見えません。インドの日常は、目には見えないものに素直になることが重要です。例えば、路頭に迷っているときに笑顔でやってくる見知らぬインド人の助言を、信じるか信じないかは直感の領域です。笑顔や、言葉や、数字に惑わされて、薬ぶち込まれてお金を取られちゃうケースもあります。しかし、道を聞かないと旅自体が存続しません。

孤児・こじきを見るときに、物質的ではなく、精神的な(直感的)視点で捉えると、彼らはめちゃめちゃ豊かな暮らしを送っているように感じるときがあります。

窮したときに困らない心構えを学んできます。

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